| 「雪裡川橋」(せつりがわきょう)名前をみて場所は特定できなくても、北海道の橋梁である事は誰でも推測できると思います。雪裡川とは読んで字のごとく雪で埋もれる川と書きますが、釧路駅北側の釧路湿原に隣接する川でこの地域は、雪が降っても風が強いのと太平洋側の為、積雪は多くありません。 小生が安全パトロール時に、ビックリしたのは8月28日の真夏に、朝作業所に着いたとたん所長が石油ストーブに点火した事です。朝夕は内地より10〜12℃低いので当然の行動とのこと。ちなみにその日の朝の外気温は9℃でした。工事場所は図-1に示します。 |
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図-1 架設工事現場略図 (jpeg:36kb) (jpeg:100kb) |
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| 本橋は釧路外環状道路の一部で鋼床版二径間連続箱桁(1BOX=8分割)橋長=235m、幅員=11.5m、鋼重=1430tで施工方法を図-2に示します。本工事はサクラダ・春本・丸誠JVで受注し、架設工事の現場代理人はサクラダ橋梁工事部の平野さんでした。 | ||
| 図-2 架設計画図(jpeg:940kb) | ||
| 地域的にも日本の北端に近い釧路なので、現場工事も冬期をなるべく避けて6月初旬より箱桁の架設を開始しました。 架設は両側の橋台より支間中央に向かって開始しました(写真-1)。80tクローラークレーンを使用して高周波型油圧式バイブロハンマーでH鋼杭を橋軸に対して右側に4本、左側に4本打ち込みます。打ち込み後、同一クローラークレーンを使用してH鋼杭の上に横梁を設置しベントを組立てます。これで箱桁・架設の準備が完了です。 箱桁の架設は、6分割された部材を下フランジ側から順次ベント上に組立てて行きます。出来上がった箱桁上をクローラークレーンが移動し、H鋼杭の打ちこみ→ベントの組立→箱桁架設というサイクル架設を行いました。 A2橋台の脇には信浄寺というお寺があり、仏様を起こさない様にということで、振動測定、騒音測定等を実施しバイブロハンマーも、回転数を制御できる可変式高周波型の油圧式バイブロハンマーに変更して作業を進めました。8月25日に中央部の架設を行い箱桁を閉合しました。 橋桁全体が継がった後キャンバーを調整して高力ボルトを締め付けて箱桁部の架設が完了です。 箱桁本体が継がると張出し部の側床版の取り付け作業ですが、その前に箱桁架設に使用したベントの解体とH鋼杭の引き抜き作業が有ります。 この場合、作業の進捗状況や車両の移動の都合もあり中央部分から両端に向かっての作業となりました。 架設用ベント及びH鋼杭を抜いた後はA1橋台側から片押しの形で側床版を取り付け開始し、取り付けが完了したのは11月15日でした(写真-2)。 その後現場継ぎ手部の塗装作業を行い、12月5日から足場解体を始め年内に全ての工事を完了させて、年明け早々の平成14年1月10日に無事竣工しました。 工事に携わった関係者の皆さんにこの紙面を借りて厚く御礼申し上げます。 |
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写真-1 A1・A2からのH鋼杭打ちこみ状況 (jpeg:308kb) |
写真-2 桁架設完了後の全景 (jpeg:290kb) |
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写真-3・4 釧路湿原の一部 ![]() (jpeg:319kb) (jpeg:316kb) |
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| 上の写真を撮影した場所は釧路空港から車で15分程の展望台ですが、釧路湿原を一望できます。一般の皆さんが釧路駅からトロッコ列車に乗っていって見る釧路湿原展望台の丁度反対側となります。 また、釧路港は日本でも有数の漁港です。この漁港の近くにぬさまいばし幣舞橋があります。 この橋が何で有名かって?若いひと(30代以下)はご存知ないかも知れませんが、昭和30年代に日本中をわかした映画で「君の名は」の舞台となった場所で、当時の男優は故佐田啓二さんと女優岸恵子さんの戦争ラブロマンス映画です。映画の中での「真知子巻き」は日本中に流行しましたが、残念ながら小生は見ていません。 更にこの橋の釧路駅側に、美川憲一さんが歌った「釧路の夜」の記念碑がありました。釧路の夜を堪能したい方は、釧路駅前 から真直ぐに歩いて約10分、幣舞橋の手前の左側に飲み屋街が密集していますので、時間のある方はどうぞ探検して下さい(釧路は炉辺焼の発祥の地だそうです)。 漁港を抱えた街ですから期待は裏切らないと思います。 |
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写真-5 幣舞橋全景(釧路側から見る)![]() (jpeg:323kb) |
写真-6 美川憲一の記念碑 (jpeg:316kb) |
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